代々木公園の紅葉2021

空は晴れ渡っていたが、昨日、飛鳥山公園旧古河庭園を歩いたので、その疲れが残っていたし、冷たい風も吹いていたので代々木まで行くのを躊躇っていた。

が結局千代田線に乗ったまま、乗換駅の西日暮里駅を通り過ぎ、代々木公園駅まで来てしまった。紅葉の時期は短い。ピークの時を逃さずあちこちを見て歩くのは容易な事ではない。しかも晴れの日限定となると尚更だ。

 

〈公園駅前の井の頭通り〉

公園駅からは西門が近いが、ケヤキ並木を通りたかったので、井の頭通りを左に曲がりNHKのある神南、区役所のある宇田川町間を進み区役所前交差点を左に曲がりケヤキ並木に入った。

<公園駅から見た代々木公園外観>
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〈区役所がある通り。ビルは知る人ぞ知るアムウェイ
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〈JR原宿駅附近〉

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ケヤキ並木〉
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丹下健三設計の国立代々木競技場〉
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公園に入るとバラの園がある。右に曲がり直進すると噴水池のある中央広場に出る。

曲がった瞬間気付いたのは、夥しいカラスの群れだった。木々の至る所に止り、或いは凄まじい雄叫びをあげて空中を旋回し、雲ひとつない青空に不気味な黒い斑点を描いていた。

血気盛んな数羽は恰も人を威嚇するかのような猛スピードで顔すれすれに低空飛行する芸当をやってのける。

アルフレッド・ヒチコック監督のサスペンス映画「鳥」を想起させた。

現に目の前で子供たちが「怖い!怖い!」と言って逃げ惑っていた。上野公園にもカラスは居るが代々木のカラスの数はそれを遥かに圧倒する。

もはや代々木の原はカラスの占領域であるかのようだ。

 

<噴水広場の紅葉>
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<バラの園附近の風景>
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代々木公園は終戦前、代々木の原と呼ばれ大日本帝国陸軍の練兵場だった。

終戦後は連合国軍占領下に於かれGHQの管理する処となった。米軍の兵舎設営及びそれに伴う827戸の住宅が建設され、米軍とその家族等が居住する代々木の原はワシントンハイツと呼ばれ、学校、教会、劇場、マーケット等も併設されアメリカ流の生活様式が整備されていった。

1952年(S27)ワシントン講和条約が締結され、GHQによる日本占領は終了したが、同時に発効された日米安全保障条約により米軍駐留は、その後も10年以上続く。日米地位協定によりワシントンハイツは治外法権域であり、原則として日本人の立入は許されなかったが子供達は比較的自由に入ることが出来、当時のアメリカ流の洗練された生活様式に触れ、次第に感化されていった。

 

1964年(S39)東京オリンピック招致の決定に合せワシントンハイツは日本に返還され、

ワシントンハイツの一部は各国選手の宿泊施設として利用された。上の写真はその宿泊施設の一戸でありオランダの選手が利用した。上塗りなどはされたがほゞ当時の姿で記念として残されている。

代々木公園として開園されたのは1967年(S42)だった。嘗てGHQの占領下にあった代々木の原は現在カラスの占領下にあるかのようだ。都立公園で5番目の広さを誇るこの公園は複合型公園として再整備され2024年オープン予定となっている。

 

その再整備された公園を見ることはないと思うが…

果たしてカラスは何処へ行くのか?

埒も無いことを考えながら神宮橋を経て新しく出来たJR原宿駅の改札を通った。

 

〈神宮橋〉
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〈新しくなった原宿駅
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〈JR原宿駅前の複合ビル〉
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