江戸の粋と現代アート

ファンタスティックワールド
f:id:gaganbox:20190908151517j:image
f:id:gaganbox:20190908151714j:image
f:id:gaganbox:20190908151736j:image
f:id:gaganbox:20190908151756j:image
f:id:gaganbox:20190908151830j:image
f:id:gaganbox:20190908151907j:image
f:id:gaganbox:20190908152025j:image
f:id:gaganbox:20190908151943j:image
f:id:gaganbox:20190908152054j:image
f:id:gaganbox:20190908152008j:image
f:id:gaganbox:20190908152121j:image
f:id:gaganbox:20190908152332j:image
f:id:gaganbox:20190908152413j:image
f:id:gaganbox:20190908152436j:image
f:id:gaganbox:20190908151943j:image
f:id:gaganbox:20190908152604j:image
f:id:gaganbox:20190909144919j:image

江戸花街の「華」であった金魚は暑い夏には「涼」としてもてはやされたそうな。

1万匹の金魚を現代アートで織り成した幻想世界。

超花魁、花魁、漣をモチーフにしたロータスリウム、大奥、浮世絵。
ビート、レーザー、天井金魚、妖艶なジャグジリウム、江戸の花街に彷徨い込んだかのような「非日常的な涼」の空間。

2011年から始まり今年で最終となる日本橋

三井ホールでのこのイベントは過去の4大作を一同に介した壮大なものとなった。
前年迄の来場者累計は945万人、今回最終回で優に

1千万人を超えるだろう。

それ程関心あるイベントではなかったが
到着した16時頃はコレド室町の地下から
反対側の三越地下まで列をなしていた。
待時間は1時間。案内係によれば18時過ぎれば混雑は緩和するとのことだったので、先に三越で明後日のティタイムの菓子を買うことにした。

 

東京會舘の“シーズナルプティフール・オートン” 

パイナップルのパウンドケーキとプラリネクリームをサンドした秋季限定品
f:id:gaganbox:20190911080111j:image

 

ユーハイムが日本で初めてバウムクーヘンを焼いてから今年で100年を向かえる

ユーハイムバウムクーヘンシャイベン”
f:id:gaganbox:20190911080129j:image


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入谷朝顔祭り

言問通りの根岸一丁目交差点から、

日比谷線入谷駅前の昭和通りに交差する

区間で、七夕を挟んだ毎年7月、6、7、8日

の早朝5時から夜12時まで行われる。

6、7日は12:00~21:30まで、8日は17:00~

21:30まで車輌は全面通行止めとなる。

祭りは江戸の情緒を取り戻すべく1948年に復活されてから今年で71年目を向かえる。

3日間で毎年40万人の人出があるという。

令和元年でもあった今年は、土日が重なったこともあり、例年より賑わったようだ。

根岸一丁目交差点附近

f:id:gaganbox:20190825174431j:image
真源寺
f:id:gaganbox:20190818094640j:imagef:id:gaganbox:20190825174550j:imagef:id:gaganbox:20190825175510j:image

 

お馴染みの恐れ入谷の鬼子母神(真源寺)を

中心に約60の朝顔店が立ち並び、様々な品種の朝顔を紹介している。対面には100軒程の

露店商が軒を連ねる。

 

朝顔露店
f:id:gaganbox:20190818094734j:imagef:id:gaganbox:20190825174725j:imagef:id:gaganbox:20190825174701j:image
f:id:gaganbox:20190825174634j:imagef:id:gaganbox:20190825175310j:image

 

團十郎朝顔   ( 種ができにくい貴重品種)

2代目團十郎が演目「暫」で着た半被の色に因んで附けられたという。

海老茶とか栗皮色に近い無地で、

花の中央が白く筒抜けしており、

粋で渋く、気品ある不思議な色合。
f:id:gaganbox:20190826144950j:image
露店市
f:id:gaganbox:20190818095029j:image
f:id:gaganbox:20190818095106j:image
夕暮れ時

f:id:gaganbox:20190826150346j:image
f:id:gaganbox:20190826150504j:image
f:id:gaganbox:20190818095526j:image

日比谷線入谷駅附近
f:id:gaganbox:20190825181234j:image

 

団扇を手にした浴衣姿の若い男女、鉢植えを手にして行き交う人々、朝顔の品定めをする人々、金魚すくいに興じる子供達、分離帯に座り込みものを頬張る人々。

束の間の物見遊山。徒に時は過ぎてゆく。

6日(土曜日)は終日、黒雲が渦を巻き今にも降りだしそうな空模様だったが、この日織姫と彦星は涙することはなかった。

 

朝顔ヒルガオ科の一年草で、花粉の交配により色とりどりの花を咲かせる。

種子は牽牛子(ケンゴシ・ケニゴシ 、

成分名はファルブチン)といい、乾燥したものを主に下剤として薬用に供する。

古くからある“首より上の薬”や“七ふく”等に

配合薬の一つとして含まれている。

 

牽牛子の花である朝顔は牽牛花とも書き、

七夕伝説の彦星をあらわしている。

咲き誇る牽牛花が年に一度織姫と出逢える

という縁起から祭りの日をそれに合わせたという。

 

  はかなくて  過ぎにしかたを思ふにも

  今もさこそは  朝顔の露                 西行

 

ラヴォアジエとフランス革命とメートル法

燃焼とは物質が酸素と結合することによって起こる反応であることを始めて明らかにしたのはフランスの化学者アントワーヌ・ラヴォアジエ(1743~1794)であった。

ラヴォアジエ登場以前の約100年間、この

発熱と発光を伴う化学反応については、

フロギストンという可燃要素が物質から

放出されることによって起こる現象であると

信じられてきた。

ラヴォアジエは燐、硫黄を始めとし、鈴や亜鉛等金属の詳細な燃焼実験に基づき、燃焼とは酸素との結合であるという結論を得、

フロギストンなるものは存在しないことを

立証した。

かくして100年の常識はラヴォアジエによって世の中から葬り去られた。

 

裕福な法律家の家庭に育ったラヴォアジエは

化学、天文、鉱物、数字等自然科学全般に長じ、パリ大学法学部出身の弁護士でもあった。様々の分野で才能を発揮した彼の1日は多忙であり、政府関連の仕事、火薬監理官、徴税請負業務等休む間もなかった。

徴税請負人とは国に委託された特定の民間人が国家に換わり国民から租税を徴収し、契約された金額を国庫に納める者であり、その徴収法は個人に任されていた。

従って契約された金額以上を徴収し、その余剰分を掠め取る不逞の輩もおり、国民の憎悪の対象にもなっていた。

革命勃発後の1791年にこの制度は廃止されるが、この業務を行っていたことがラヴォアジエの命運を決定づけることになる。

ラヴォアジエの徴収法がどのようなものであったか詳細は不明であるが、おそらく彼らしい合理的な方法に則って行われたことは想像に難くない。この業務から得た収入は自らの高度な実験に必要な設備費用や器具、器材、試薬の購入に充てられていたようだ。

 

ラヴォアジエにとって化学は与えられた天性の仕事、更に言えば趣味、道楽の域に達するものであり、週末1回研究所に閉じ籠り、実験に明け暮れる日が彼には至福の時間であった。

彼の定量的で精密な実験は様々な発見を導きだした。化学反応の前後で質量は変化しないという、質量保存の法則。水が水素と酸素からなる分子であること。33に及ぶ元素の命名等。

(33の元素の内にはラヴォアジエの誤りであり、現在は使用されていない元素名もある。また、発見者は別に居る。例えば水素や水の発見者はイギリスの偉大な科学者キャヴェンディッシュであり、後にケンブリッジ大学は彼の名を冠したキャヴェンディッシュ研究所を創設し、幾多のノーベル賞受賞者を輩出している。初代所長は電磁気学を確立したマクスウェルだった。)

ラヴォアジエはこれ等を体系的、科学的に纏めた「化学綱要」を著し、錬金術の範疇に過ぎなかった化学に革命を齎し近代化学の礎を築いた。

 

ラヴォアジエが前述の「化学綱要」を著した同年1789年7月14日、アンシャン・レジーム(旧体制)の象徴でもあったバスチーユ監獄が民衆に襲撃され、フランス革命が勃発する。

要塞でもあったこの施設には武器、弾薬が豊富に蓄えられていた。重税に喘ぎ、天候不順による凶作も重なり、日々の糧にも事欠いていた民衆の怒りは爆発し、王の軍隊に立ち向かうべく武器を手にした。絶対王政崩壊の始まりであった。

これを期にフランス各地で暴動が相継いだ。

同年10月には5千人を越えるパリ市井の女達によるベルサイユ行進が行われる。女達はパリから20km離れたベルサイユまで雨降りしきる中歩き続けること6時間、遂に宮殿に押し掛け“パンをよこせ”の大合唱を国王に向けて行った。

ルイ16世はパンを与えることを約束し、“王もパリへ”の声に推され、この行進の翌日女達に伴われベルサイユを後にした。パリに連行された王はテュイルリー宮殿に移され、革命の本拠地パリにて市民に監視される状況となった。

ベルサイユ行進という実力行使に恐れをなしたのか、既に国民議会で決議されていた封建的特権制度の廃止、人権宣言の批准をこれまでのらりくらりと交わしてきた頑迷な王もここに来てあっさりとそれを承認した。

王の移動に伴い、議会もベルサイユからパリに移った。

ブルボン朝による絶対王政は形骸化し、

教会財産の国有化がなされ、貴族の特権も廃止された。

“球戯場の誓い”を経て、第3身分を中心とした国民議会が成立し、革命は進行しながらも

次第に破滅への道を歩む。

 

この頃ラヴォアジエに関する二つの出来事が起こる。医師であり議員でもあったギヨタンにより、新たな断頭台、いわゆるギロチンが提案され1791年に革命裁判所に採用された。

ここにおいては、被告人は一方的に裁かれ

上訴は許されず、裁判官、陪審員の意に反していれば弁明の意味すら無かった。

万人の平等、権利のためギロチンは休む間もなく

慈悲深い操業を繰返した。

 

1790年タレイランにより自然に則した万国

共通の度量衡の作成が提唱された。

この時代、各国はおろか各都市によっても

度量衡は異なり止め処ない混乱が生じていた。この混乱に終止符を打つべく

国民議会は“全ての時代に、全ての人々に”

を目標に新たな単位の創造に着手することを

宣言した。

(タレイランは第一身分聖職者に属する議員でありながら、聖職者財産の国有化や民事基本法制定等反カトリック的な政策を積極的に進め、一時期の亡命時代を除き革命時代からナポレオン後の時代まで政権の中枢にあった。傑出した外交官であり、老獪な政治家とも云われる)

此を受けて著名な数学者ラグランジュやボルダ、化学者ラヴォアジエ等パリ科学学士院委員は検討を重ねた結果、3つの候補案の1つであった“北極から赤道に至る子午線孤長の

“1千万分の1を1メートルとすること”を決定した。これにより地球の円周は4千万m、即ち4万kmとなったのである。

 

1972年二人の天文学者、ドランブルとメシャンは困難な旅路へ出立した。パリを基点に

フランス北端ダンケルクから南はスペイン領バルセロナまでの約1千kmに及ぶ距離を三角測量による実測を行うために。

一行は革命軍、反革命軍、周辺各国のフランスへの侵攻のさなか、時に生命の危機に晒されながらも幾多の困難を乗り越え7年の歳月を掛けてこの難事業を成し遂げた。

 

ここに1メートルを基準とした十進法による

長さメートル・面積アール(度)、体積リットル(量)、重量グラム(衡) で表される度量衡が成立した。

長さの2乗が面積、3乗が体積で表され1立方㎝の質量は1gとなる、極めて合理的な単位系メートル法の制定であった。

 

(SI単位系による現在の1メートルは1秒の1/299,792,458時間に光が真空中を伝わる行程の長さと定義されている)

 

ラヴォアジエは質量の単位を決定するため、各温度のもとで一定体積の蒸留水の質量を

測定していたが1793年に科学学士院が閉鎖

され、同年徴税請負人に対する逮捕状が

発令されたため実験は余儀なく中断された。

革命の行く末に不安を抱いていたラヴォアジエは既に多くの公務から手を引いており、逮捕状発令後は自ら出頭した。

彼の才能を知る弁護人やラグランジュ等はこの不当な逮捕に憤りを覚え、化学史上多くの業績を残していたラヴォアジエの釈放を申し入れたが

革命裁判所裁判官コフィナルの

「共和国に科学者は不要だ、裁判を進めなければならない」の一言により、嘆願空しく

ラヴォアジエは断頭台の露と消えた。

 

 自由、平等、友愛 、然らずんば死を! 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しいネオン街

f:id:gaganbox:20190614194520j:image

この路地裏のネオン街を通り抜けるとスーパーマーケットやドラッグストアの在る大きな通りに出る。私は退社後屡々その通り沿いの店で食料品や日用品を買い求め、再びこのネオン街を歩き、仄暗い善光寺の坂を登り帰宅するのである。

このうら寂しい、どことなく艶めいたネオン街の空気を私は気に入っているのだが、マルセイユコルドバマラケシュ或いはアンカレッジやサンクトペテルブルクでも空気の成分は変わらないものだと想うと何やら不思議な気がしないでもない。

 

空気の成分の大部分が窒素と酸素から成ることは18世紀フランスの化学者アントワーヌ・ラヴォアジェによって示されていたが、空気の成分中には未だ明らかにされていない謎の微量元素が含まれていることも知られていた。

19世紀後半その謎の成分が発見される。

ギリシャ語で a(~しない)+ ergon(仕事、

働く)=働かない、怠惰なの意の通り不活性なガスであったその物質(気体)はargonと称せられた。アルゴンは空気中に0.93%含まれ、窒素78%、酸素20%の次に多く、二酸化炭素0.03%の約30倍存在する。融点、沸点はそれぞれ-189.35、-185.85℃であり極めて安定した元素で、放電管に充填し、放電させるとライラックの光を放つ。

その後アルゴンと似たような性質を持つ、

クリプトン、ネオン、キセノンが次々と発見されてゆく。既にメンデレーエフの周期律表は発表されていたが、新たに発見された、

これ等の不活性ガス(inert gas)又は希ガス(rare gas)と呼ばれる元素類を追加するため

周期律表はヘリウムを初めとして右側に1列増やされることになる。

(スイヘイリーベボクノフネ〰️🎵)

これ等の元素(ヘリウムを除く)は最外殻電子を最大収容数の8個を有しているため安定しており(オクテット則)、反応性は極めて低く価電子は0である。

 

現在18属に位置するこれ等元素にも反応性のあるものも含まれることが解り、また必ずしも稀な存在とも云えず、不活化ガスや希ガスという表現も元素の科学的な分離が困難であった頃の名残であり、正確な性質をあらわしているとは云えないことから、今日ではこれ等18属元素の名称に関してはIUPAC(国際純正応用化学連合)の勧告により貴ガス(noble gas)という表記の提案がなされている。

 

ネオンの名はギリシャ語で新しいを意味するneosに由来し、融点-248.7、沸点-246.0℃と、これまたアルゴン同様極めて安定性が高く、無色無臭の気体である。このガスを放電管に封入し放電すると赤橙色に輝く。

ネオンはパリの政府庁舎で公開実験された後、新たな照明器具として1915年設立された会社クロード・ネオン社よりヨーロッパ、アメリカでの販売が開始される。

 

ネオン照明は貴ガスの混合物で構成されており、現在もよく使用されているが、青色発光ダイオードの開発後、フルカラーが可能となったLEDに次第に取って変わられつつあるようだ。

 

LED(Light.Emitting.Diode 発光する電子素子)は1960年代に赤色が、70年代に黄緑色が発明されたが、青色の開発には30年を要し、天野浩が窒化ガリウム(GaN)からそれを得たのは1989年であった。

5年後の1994年中村修二が高輝度青色発光ダイオードの開発に成功し、その後純緑色も開発され、赤、緑、青(RGB)の光の三原色が完成された。これによりLEDは白色光やフルカラー発色を可能とし、初めて現実的な照明装置となった。

2014年赤崎勇、天野浩、中村修二の3氏は

青色発光ダイオードの開発によりノーベル物理学賞を受賞した。

スカイツリータワーはこの年、RGBとその

“等混合”である白色の輝きで3氏の受賞を祝福

した。

f:id:gaganbox:20190828113010j:image

 

様々な発見や発明で、人類世界は進化しているのだろうか。或いは進化そのものが所詮

破滅への道筋であるに過ぎないのだろうか。

いずれは到来するであろうシンギュラリティにより、多くの業務はAIが行い、ベーシック・インカムで生活を保証される人間以外は、自律型致死兵器システム(LAWS)の一種、AI搭載自動殺人歩哨ロボットにより次々に殺戮されてゆくのかも知れない。このロボットは5.56mm機関銃と40mmグレネードランチャーを備え、赤外線センサーで人間の体温を感知し、24時間不眠不休で3.2km先の標的を確実に仕留めることが出来るという。

 

「我々が倫理とか道徳とか呼んでいるものは

世界の秩序に反する我々の同胞の絶望的な企てにすぎないので、世界の秩序は闘争と殺戮と、互いに相反する力の盲目的な相剋なのである。自然は自らを破壊している。

考えれば考えるほど、世界は狂犬のようなものだと思わずにはいられない」

「人生はいかにも味気ないものなので何は

ともあれ気を紛らわさなければならない」

アナトール・フランス  “神々は渇く”

大塚幸男訳より

 

このような埒も無い事を考えながら夜のいざないに紛れ込む。

味気ない人生を仮にでも充たすべく。

夢遊病者の夜はいつまで続くのやら。

 

 

 

 

 

 

 

言問団子と業平と桜橋

f:id:gaganbox:20190406174530j:image
f:id:gaganbox:20190406174556j:image
f:id:gaganbox:20190406174620j:image

とうきょうスカイツリー駅を降りて15分程歩くと桜橋に着く。その近くに言問亭がある。向島側、墨堤通りにあり、店に入ると3種の団子とお茶が出る。上品な団子の味も然ることながら、何気なく付いてくるこの店厳選のお茶が旨い。茶器には都鳥が描かれている。

 

六歌仙及び三十六歌仙の一人在原業平は、

平安時代の歴史書“日本三大実録”に

体貌閑麗、放縦不拘と記されているように、詠が上手く自由奔放な遊び人であったようだ。この平安の色男は女漁りが過ぎ、こともあろうに摂関家の麗人にまで手を出してしまい、出世の道も遠いと考えたのか、身をえうなきものに思ひて、もとより友とする人、ひとり、ふたりして京を去り東下りした。

随分と遠くへきたものだと思いつつ、日も暮れかかる物侘びしい隅田の川辺に立った時、京では見たことの嘴と脚が赤く身体の白い

鳥が魚を啄むでいた。京では見かけぬ鳥なので、

渡守に鳥の名を聞いたところ、都鳥と言う。

そこで業平が

「名にし負はば  いざ言問わん都鳥

   我が思う人はありやなしやと 」

   と詠ったところ、京に恋した恋しいひと

   を思い、極まり皆落涙した。   

          伊勢物語9段東下り(すみだ河編)

 

元禄の頃店の祖先がこの古事に感じて、業平朝臣を祀り業平神社を建立、この辺りを言問ヶ岡と稱るに至った。四季折々の向島の自然を愛でる文人墨客や風雅の人の求めに応じ手製の団子や渋茶を提供したのが始まりと云われる。

とうきょうスカイツリー駅の旧名は業平橋駅という。

 

 桜橋はX字形をした特異な橋梁で、隅田川唯一の歩行者専用の美しい橋であり、名の通り約1000本に及ぶ両岸の桜を眺められる。

 

桜橋と桜
f:id:gaganbox:20190406175750j:image
f:id:gaganbox:20190406180247j:image
f:id:gaganbox:20190406175935j:image
桜橋から隅田川を見る
f:id:gaganbox:20190406180022j:image
スカイツリーと桜橋
f:id:gaganbox:20190406180212j:image
向島側の桜
f:id:gaganbox:20190406180350j:image
f:id:gaganbox:20190410231646j:image

業平の桜に寄せた詠のひとつ

「世の中に絶えて桜のなかりせば

   春の心はのどけからまし」 

 

返歌、 詠人知らず

「散ればこそいとど桜はめでたけれ

  憂き世になにか久しかるべし 」

         伊勢物語82段渚の院

 

 多くが“昔男ありけり”で始まる伊勢物語の作者は不明であるが詠まれている短歌は業平のものが大部分を占める。東下りや渚の院

の他、“芥川”や“筒井筒”等名の知られる話も多い。

 

上記三首とも古今和歌集にも掲載されている。

 

 

 

泉ガーデンタワー、泉通りの桜

南北線六本木1丁目駅は泉ガーデンタワー、泉レジデンス、アークヒルズサウスタワーの3つの高層ビルの谷間にある。旧尾根道からの高低差は20mあり、鞍部にある駅に光が届きにくい。そのため泉ガーデンタワー2、3、4階の各階に広場を設け、自然の採光を取り込むようにし、駅や広場を開放的なコンコースとした。各広場にはツツジハナミズキクスノキ等が植樹され、ビルの中に自然で緑豊かなガーデンを作り出している。

泉ガーデンタワー、泉レジデンスは住友不動産が所有しており、住友グループの屋号を泉屋という。ガーデンタワーは216m、45階建のガラス建築であり、建築技術の粋を集めた光のタワーである。

 

タワーエントランスにあるオブジェ
f:id:gaganbox:20190403115355j:image

タワー横のエスカレーターに乗り、昇りきって(3つ位あったか)5階に出ると直ぐ泉橋が見え庭園に続いている。この泉橋から眺める泉通りの桜並木は素晴らしい。眼前の桜に圧倒される。

 

泉橋から見た昼の桜
f:id:gaganbox:20190403110534j:image
f:id:gaganbox:20190403110611j:image
f:id:gaganbox:20190403110741j:image
泉橋から見た夜桜
f:id:gaganbox:20190403110944j:image
f:id:gaganbox:20190403111035j:image
f:id:gaganbox:20190403111140j:image
f:id:gaganbox:20190403111256j:image

泉通りの桜並木  昼と夜
f:id:gaganbox:20190403111902j:image
f:id:gaganbox:20190403112031j:image
f:id:gaganbox:20190403114551j:image
f:id:gaganbox:20190403112213j:image
f:id:gaganbox:20190403112110j:image
f:id:gaganbox:20190403112136j:image
f:id:gaganbox:20190403112358j:image
f:id:gaganbox:20190403112524j:image



 

 

 

再びマンハッタンミニコンサート

f:id:gaganbox:20190401080504j:image

今回はヴァイオリンソナタ...

 

曲目はメンデルスゾーン“春の歌”、

メリーポピンズから“チムチムチェリー”、

ガーシュイン作曲“パリのアメリカ人”から

20世紀の名ヴァイオリニスト、ハイフェッツ編曲による技巧的なヴァイオリンソナタ

最後がクライスラー“愛の悲しみ”と

“愛の喜び”、およそ30分のミニコンサートだが無料で気軽に聴ける。

 

コンサートの後は13Fにある銀座清月堂で

優雅にランチ
f:id:gaganbox:20190401092322j:image

オードブル
f:id:gaganbox:20190401092052j:image

メインのステーキ
f:id:gaganbox:20190401092347j:image

デザート、コーヒー
f:id:gaganbox:20190401092408j:image
f:id:gaganbox:20190401092427j:image
久し振りのフレンチフルコース

上質な味と空間に心は満たされた