世界一!涸沢カールの紅葉と奥穂


抜けるような空の青、聳え立つ3000m級の山々に抱かれた急峻なカールの斜面に赤、黄、橙、緑を織り混ぜた艶やかな刺繍のような色彩。これ以上はないような美しい錦繍の大パノラマが眼前に拡がっていた。

「世界一の紅葉だ!」

とは本谷橋からのハードな登りを終え、やっとのことで山荘に到着し一息ついた時に、

涸沢ヒュッテのオーナー、山口社長から圭介が直に聞いた言葉だった。

確かにこれを凌駕する紅葉は想像出来ないと思えた。

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以上の写真は翌朝撮影したものであり、涸沢ヒュッテに到着した日は上空に靄が掛かっていた。従って山口社長の言葉を真に実感したのは翌日のことだった。

 

10月初旬、圭介は2泊3日の予定で涸沢、穂高へと向かった。仕事を終えてからだったので新宿を出発したのは19時半頃だった。高井戸から中央道に乗り岡谷ジャンクションで長野道へ向かった。この日は松本インターで降り、近くのビジネスホテルに1泊することにしていた。無事ホテルへ着いたが23時を過ぎていた。

松本に着いても星は見えず天候が好転する気配はなかった。翌朝は松本から国道158を沢渡まで行き、沢渡の駐車場に車を置く。紅葉の見頃を迎える頃、上高地に通じるこの国道は混雑が予想されるので遅くとも7時にはホテルを出発したかった。ホテルでは7時から朝食が提供される。圭介は7時前から並び10分で食事を済ませ、至急車に乗った。

沢渡以降はマイカー進入は規制されているので目的の上高地へはバスか乗合タクシーを利用する。沢渡に駐車場は幾つかあるが、バス停に近い順に埋まって行くので重い荷物を背負った身としては成るべくバス停に近い位置に車を止めることが肝要だ。

車を下りバス停に向かい歩いていると、小型の乗合いバスの呼び込みがあったので、それに飛び乗った。ここから上高地バスターミナルまでは1時間位か。左に大正4年焼岳の噴火で梓川が堰き止められて出来た大正池、赤い屋根の瀟洒な帝国ホテルを見ながらバスターミナルに到着する。ここで登山届を書き、梓川沿いに歩くと約5分程で河童橋に立つ。

河童橋の両側にはホテル、売店が立ち並び多くの観光客で賑わっている。橋から見える穂高連峰、反対側の焼岳方面を眺めながら銘々に写真やビデオを撮っている。

 

河童橋から涸沢までは6~7時間掛るので登山者はここでのんびりしては居られない。

遅くとも15時までには山荘に到着したい。

行程は次のようになる。河童橋~明神館~徳澤園~横尾~本谷橋~涸沢ヒュッテ~涸沢小屋。

各地点で休憩しながら一歩一歩中部山岳国立公園の南部地域中核点である穂高、文学と浪漫の香り高い穂高へと歩を進める。河童橋から横尾迄は樹林帯の中や、梓川に沿った平坦な道のりで明神館、徳澤園、横尾とそれぞれ約1時間の間隔で休憩し計3時間の行程となる。

横尾は槍ヶ岳穂高岳への分岐点となっている。ここで横尾大橋を渡り、穂高方面へ向かう。横尾谷沿いの比較的平坦な道を行く。

次の休憩地点本谷橋までは約1時間半の道のりとなる。途中、一ノ倉沢の衝立岩、劔岳のチンネや八ッ峰と並ぶ大岩壁の1つ屏風岩の絶壁が見える。

樹林帯を抜けると、視界が開け吊り橋の本谷橋が現れる。周囲の木々は色づき、渓流のせせらぎが聞こえ、大小の岩や石が積み重ねっている。多くの登山者は銘々適当な岩に腰を下ろし休憩する。見上げると北穂高岳が姿を現している。ここから涸沢までは勾配のきつい登攀となる。

涸沢ヒュッテまでの所要時間は約2時間半。登るに連れて紅葉の色づきが鮮やかさを増してくる。

併しながら本日は上空に霧立ち込め、河童橋を過ぎてからは青空は殆ど見られなかった。本谷橋、涸沢間は難しい処はないが、かなりの急登であり疲れる。やっとのことでヒュッテに到着し、一息入れたところでオーナーの山口さんが発した上記の「世界一の紅葉」と云う言葉を聞いた。果たしてこの目で見ることは出来るだろうか。

売店が並ぶパノラマ通りを抜け、展望テラスに出るとカールの全景が眼前に拡がっているもののやはり上空は霧に覆われていた。

翌日の山の予報は推し量ることが出来ない。ヒュッテのテラスで休憩してから宿泊する涸沢小屋へ向かう。小屋は目の前に見えるのだか、疲れが蓄積しているせいか、なかなか辿り着かない。

 

河童橋から見る梓川と焼岳〉
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明神岳2931m〉
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〈霧立ち込める屏風岩。間も無く涸沢ヒュッテへ〉
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〈涸沢ヒュッテ〉
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〈到着日の涸沢ヒュッテテラスからの眺望〉
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〈涸沢ヒュッテと涸沢小屋間に設営された色とりどりのテントの昼と夕〉
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〈紺青の暮色に覆われたカール。明日の天気を期待するが…〉

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夕食後小屋の喫茶室でコーヒを飲んでいると、同席の人達と話す機会を得た。山岳写真同好会の人達だった。四季を通じて涸沢に来ると云う。明日は多分、期待通りの紅葉を観ることが出来るだろうということだった。嘗て登った幾つかの山々の話や、それらの山々の四季折々の景色について話し合った。

 

圭介は明日の天候が気になるので、度々テラスへ出て空を仰いだが、好天の兆しは見えない。考えても詮無いので小屋に入り、読書しながら寝ようと思って2階に登り布団に入った。21時を過ぎた頃だったか、外に出ていた隣の登山者が慌てふためき上がってきて圭介に告げた。

「星が出てますよ!」と。

「えっ!」と圭介は急ぎカメラを持ち外に出て空を仰いだ。

多くの登山者達も空を仰いでいた。ああ、何という星空なんだ。星が降り注ぐとはこういうことなのか。いやそれどころか宙の中央に帯状の星の川が流れているではないか。

「あれが天の川だ!」初めて見る天の奇跡のような帯状の星々の集合。実に美しい!

 カメラのシャッターは何回も押したが圭介のコンパクトカメラでは残念ながら天の川の撮影は叶わなかった。

が明日の晴天は確実だろう。ヒュッテのオーナーが言った世界一の紅葉をこの目で間違いなく見ることが出来る。


〈涸沢小屋早朝のテラス。絶景なり〉
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〈鮮やかなモルゲンロート〉
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〈モルゲンロートから金色の岩肌に変化する。ほんの数分間の太陽の贈り物〉
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〈宿泊した涸沢山荘。山荘の向かって左が奥穂へ、右は北穂への道。稀に見る好天だったのでもう1泊を小屋に申込んで出発した〉
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〈ザイテングラートを目指し登攀〉
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〈中央の鞍部が白出しのコル〉
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〈もうすぐザイテングラート取付点〉f:id:gaganbox:20211027130500j:image


〈中央の緑がザイテングラート。カール途中から涸沢岳の南部まで延びる。紺碧の空の左上に月が見える。ザイテングラートはドイツ語で支稜の意。短い鎖、梯子があり、それなりに厳しい。山荘から取付点迄は1時間、穂高岳山荘がある白出しのコル迄は約1時間半で計2時間半の登攀〉
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〈カール斜面の草紅葉〉

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〈屏風の頭2565m〉
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〈ザイテングラートから東天井岳2818mと

大天井岳2922m〉
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〈ザイテングラートから常念岳2857m〉
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〈涸沢槍〉
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〈前穂3090mと吊尾根〉
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〈奥穂高への稜線。白出しのコルは奥穂と涸沢岳の間にある鞍部、ここに穂高岳山荘がある。奥穂への登りは山荘傍の岩壁の登りから始まる。鎖、2つの鉄梯子、次にまた鎖とほぼ垂直に岩肌に取付けられている。圭介は数年前、初めて奥穂高岳に登った時、ここを登るのかと躊躇した。取付いている登山者は1人も居ない。山荘前で30分考えていた処、4、5人が登攀を始めたのを見て、いよいよ覚悟を決めた。リュックを置き身軽になり、先に行った人達の後に続き登攀を開始した。

かなりの高度感がある。恐怖で脚がすくむので下は見ない方がいい。穂高岳山荘は直下にある。ここの最初の取付きが一番の難所で、その先は特に問題となるような処はない。

奥穂山頂へは約1時間弱の登攀となる。途中飛騨側の小尾根を右に巻くと、突如、天を突く様なドーム形の岩峰が眼前に現れる。ジャンダルムだ! その偉容に驚きと興奮が湧き上がる〉
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〈馬の背~ロバの耳~ジャンダルム~西穂へ。西穂奥穂間は北アルプス最大の難所。馬の背は奥穂山頂からよく見える。乱雑に岩が積み上げられたガレ場で、人1人通るのがやっとのナイフリッジ。両側は切れ落ち、下は千仞之谿で滑落すれば死に直結する。その後もジャンダルム、天狗の頭、逆層スラブ、間ノ岳と嶮岨な岩場が連続する。ここの縦走はとても出来ないと圭介は思った〉
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奥穂高岳山頂3190m〉
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〈馬の背~ロバの耳~ジャンダルム〉
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〈奥穂山頂から見るジャンダルム3163m。

ジャンダルムはフランス語で憲兵の意、西穂から見れば主峰奥穂高岳を衛る前衛峰。山ではなく岩峰であるがフランス語の響きと難攻ルートが相俟ってアルピニストの憧れとなっている〉
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涸沢岳山頂3110m。時間に余裕があったので登攀した。3000mを超えるが山頂まで危険箇所はなく、穂高岳山荘から1時間余りで往復できる〉
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涸沢岳から見る北穂高岳3106mの南峰と北峰〉
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涸沢岳から見る槍ヶ岳3180m〉
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〈涸沢ヒュッテの後ろ池の平にある小さな池。夏の暑さで溶け出した雪が池を作る。紅葉が終わる頃は凍結し、その後は雪に埋もれる。この時期だけ見られる幻の池。晴れて、風がなければ穂高の峰々が池面に映る絶景を拝める〉
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〈涸沢ヒュッテから振り返る〉
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〈下山しながら振り返る〉
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名残りを惜しみながら帰路に就いた。

 

何もかもが素晴らしかった。

さらば穂高よ!
今日は一先ずおさらばするが、

また来るぜ穂高よ!ジャンダルムよ!