2022年の正月休み,ベートーベン交響曲全曲を聴く

正月休みを利用し、数年前購入したきりで

未だ聴かずに置いたままにしてあったベートーベンの交響曲全曲集を2日間かけて聴いた。第1番から第9番迄と「オペラ·フィデリオのための序曲」「序曲献堂式」「エグモント序曲」「ウェリントンの勝利」等の序曲も入っているので全部聴くには計7時間弱かかる。

演奏はサー٠トーマス٠ビーチャムが1946年に創設したロイヤルフィルハーモニー管弦楽団によるものである。

創設者のビーチャムはBeecham's Pillsを創薬したビーチャム製薬(現Glaxo Smith Kline社)の創業者トーマス・ビーチャムを祖父とする裕福な家庭で育った。

ビーチャム自身は個人指導は受けたことはあるものの正式な音楽教育は受けておらずほゞ独学であった。活動範囲はひろく、自身のオーケストラの他ニューヨーク・フィルハーモニックザルツブルグ音楽祭、メトロポリタン歌劇場等で指揮しイギリス音楽界に多大な影響を与えた。ロンドンの格式あるオーケストラの中でも唯一ロイヤルの称号が許されていることから女王様のオーケストラとも呼ばれる。

CD自体はどこかの店のワゴンセールで購入した廉価版であり、1986~1989年にかけて録音されたものだが、指揮者名の記載はない。

後に判明したがロイヤルフィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者でもなく日本では殆ど知られていないので指揮者名は省略する。

 

ベートーベンの交響曲は各曲既に聴いてはいたが、全曲通して聴くのは初めてのことだった。第6番田園の第1楽章の音が飛び殆ど聴き取れないのが残念だがベートーヴェン交響曲入門としては手頃なものかも知れない。但しベートーヴェンに限らず名曲名盤と云われるものを一通り聴いておくことも必要と思われる。それらが必ずしも己の感性に合致するとは限らないが、長年にわたり伝えられているものは其なりの価値が認められているものであろうから1つの指標にはなると云える。

或いは先入観無しにレコードCDショップで、偶然ジャケットや曲の説明を見て買ってみたものが自分にとっての名曲になることも有り得ることだ。

 

私はmoll系の曲が好みなのだが、ベートーベンの交響曲短調は第5番の「運命」と第9番の「合唱付」の2つである。勿論各楽章により長調短調は存在する。

この2曲が傑作であることは、誰も否定しないだろうし、私もそう思う。

だが私はこの2曲が余り好きではない。

5番のあのダダダダーンという始まりを聴くと些かげんなりしてしまい、その後を聴く意欲がなくなってしまう。しかし好きではないにしろ私はフルトベングラー2枚、1974年カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、今般聴いたものを入れると4枚のCDを持っている。

 

9番の合唱はドイツの文学者シラーの歓喜の歌の詩によるものだが、あの友愛や人類愛を延々と歌い上げる合唱に私は気味の悪さしか感じない。

 

参照までに以下に詩を書いておく。

「おお友、それならぬ、楽しく、深く、

   歓喜に満てる歌を」

この最初の詩はベートーヴェン自身のもので以下はシラーの詩による。

大部分省略してあるがAndie Freude「歓喜に寄する」賛歌で尾崎喜八譯による。

歓喜、聖なる神の焔よ、耀く面もて我等は     進む。裂かれし者等を合はす汝が手に

   諸人結びて同胞となる………

   萬の物皆、自然を生きて、並べての人皆、       光に浴みす………

   捧げよ諸人、人の誠を、父こそ、ゐませ、       星空の上に。仰げよ同胞、けだかき父を。       ひとりの父を、星空の上に」

 

シラーは若き日にゲーテと共にSturm und Drang(疾風怒濤)時代をリードした文学者であり、私は学生の頃、筑摩世界文学体系により「群盗」「オルレアンの処女」「たくらみと恋」等を読んでいるが、同時期に読んだゲーテの「若きヴェルテルの悩み」や「ファウスト」の印象が余りにも強く、シラーの作品に付いては殆ど記憶がない。増してこの歓喜の歌の詩を読んでからは尚更読み直す気も失せた。

 

日本でも9番の演奏歴史は長く、旧くは1918年(大正18)徳島坂東町でドイツ軍俘虜収容所で俘虜のドイツ兵により演奏されたことが始まりであったと云う。収容所所長は俘虜であるドイツ兵に自由に音楽を演奏させていたようだ。

 

発売されているCDは多いが、言わずと知れたフルトベングラー指揮バイロイト祝祭劇場管弦楽団のあの余りに有名なEMI-1951年7月29日の演奏録音は聴いておくべきだと思う。これはセンター盤を一部編集したものと云われているが、それでも尚且つ素晴らしい。当時の詳細な録音状況は不明だが数カ国の放送局か録音に参加しているらしく、最近ではスウェーデン放送の1951年度バイロイト完全録音盤が発売されているようだ。その他私は未聴であるがやはりフルトベングラー指揮の1954年のルツェルン盤が名盤と云われている。

 

バイロイト祝祭劇場はこれ迄の音楽劇場に満足していなかったリヒャルト·ワーグナーが自ら設計した独特の木造建築であり、ワーグナーの楽劇を演奏するために造られた。

但し1872年の定礎式ではワーグナー自身の指揮でベートーヴェンの第9が演奏された。ワーグナーが第9に大いなる影響を受けていることが窺い知れる。このことからバイロイト祝祭劇場ではワーグナーの作品以外では唯一ベートーヴェンの第9番が不定期に演奏されている。

劇場完成後の1876年の初演演奏はワーグナー演出、ハンス・リヒター指揮楽劇ニーベルングの指環であった。

第二次世界大戦の影響で暫く閉鎖されていたこの劇場で復活コンサートとして行われた演奏が、前述した1951年のフルトベングラー指揮祝祭劇場管弦楽団によるベートーヴェン交響曲第9番であった。

 

因みにCDの録音時間はソニー社12cm74分とフィリップス社11.5cm60分という異なったサイズ、時間であったが、カラヤンの意見からこの9番が収まる70分前後というソニーの案に結着したと云われている。

 

私がこよなく愛するのは3番英雄変ホ長調と7番イ長調であり、いすれもdurであるが、この2曲はあらゆる交響曲中最も好きな曲である。

 

3番はハイリゲンシュタットの遺書を書き上げた2年後に作曲された。当初はボナパルト(ナポレオン)へ献呈する曲「ボナパルト」と草稿されたが、ナポレオンが皇帝になることを聞き及び「彼も単なる俗物に過ぎなかったか」とベートーヴェンは激怒したと云う。彼は献呈辞を引き裂き「一人の偉人の追憶を讃えるための英雄交響曲」と名を変えた。その後1821年セントヘレナ島へ幽閉され悲劇的な末路を辿ったナポレオンの事を聞き、「私は既に17年前に彼について哀れな運命に相応する曲を作っおいたのだ」と述べ1人興じていたと云う。

私は第2楽章のアダージョアッサイ葬送行進曲(この楽章のみハ短調)が特に好きだが全4楽章を通して凌駕すべき曲がないような名曲だと思う。

今回聴いたものの他にやはりフルトベングラーの名盤と云われる1952年盤を持っている。曰く付きの1944年のウラニア盤も聴いた。他にはクレンペラートスカニーニ指揮のものも聴いている。

ベートーヴェン自身は自分が作曲した交響曲の中では躊躇なくこの第3番が最も良いものと言っている。

 

7番に付いては第2楽章不滅のアレグレット(イ短調)に深い感動を覚える。何度聴いても魂が揺れる。最初に聴いたのはカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー楽団の1975年の演奏であり、この最初の感動が忘れられず、他の指揮者のもの或いは演奏会で何度か聴くことはあったが結局クライバー指揮のものに落ち着いてしまう。

 

ベートーヴェンの3本柱は交響曲(9曲)、ピアノソナタ(32曲)、弦楽四重奏曲(16曲)

から成っている。交響曲ピアノソナタは全曲聴いているが弦楽四重奏曲については残念ながら私は中期のラズモフスキー、ハープ、セリオーソ、後期の14番、名曲といわれる15番は聴いたが、その他の曲は未だ聴き及んでない。

 

 

ビアノソナタ最後の曲32番は1822年に作曲され、交響曲最後の9番は1824年に完成された。弦楽四重奏の第1番が作曲されたのは1800年のことであり、その後も死の前年1826年まで書き続けられている。1824年交響曲第9番の完成後からも、弦楽四重奏曲は第12番~16番の5曲が作曲されていることからベートーヴェン弦楽四重奏曲に対する思い入れは相当のものと考えられる。

交響曲ピアノソナタと違い四重奏曲集は難解であり、一般人が理解するのは困難に思える。従って殆どが30分以上である全曲を聴くことは私にはどうも出来そうにない。